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  • 2017年06月25日
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大泉洋の正体を暴く!ナイナイ岡村との関係②

1996年10月に放送を開始した『水曜どうでしょう』は、当時学生だった大泉洋という素人半分のタレントが才能を開花するに及び人気に火をつけた。



 放送開始当初、口数の少なかった大泉は、番組の企画が旅ものに一本化されるにつれ、次第に天然の要素を色濃く見せ始める。たとえば、カブで日本縦断をする企画、彼は東北の峠道でいきなりウィリーして転倒し、どうでしょう史上に残る名場面を演出し、ヘリコプターで観光する企画では急にしゃべらなくなりゲロを吐く。しかしその一方で、ドライブ中の雑談でたまたまキャラクターを見つけると、嘘八百の語り口を無理やりねじ込み爆笑を生むアドリブ力を見せる。6年半あまり続いた『どうでしょう』で、次第にあらわにされた大泉洋とは、天然でありながら妙に話芸の優れた愛すべきタレントだった。



 

だが、そんな大泉も、北海道の芸能事務所に見出されテレビ出演を果たしたきっかけは、地元の劇団に所属していたことだった。その経緯を踏まえると、彼の本来の志望は俳優だったと推察できる。しかし、『どうでしょう』で花開いた彼の才能は、そのイジられる様子や無邪気なリアクションから、俳優のものとは一線を画すものと言える。だが、そんな大泉も『どうでしょう』のいち企画として放映されたドラマでは、持ち前の器用さと劇団員の経験から俳優としての片鱗を見せた。

 その後、『どうでしょう』のDVDが全国的なヒットを飛ばした彼は、主に俳優として活躍の場を広げる。『どうでしょう』時代を知っているファンからすれば、当然お笑いタレントとしても全国的な人気を博すだろうと期待されたが、実際は違った。現在のテレビバラエティーが、芸人同士の掛け合いを主軸に成り立っているという点を考えれば、いきなり大泉という得体の知れない芸人がその輪に入ることは難しいだろう。やはり彼が全国的なブレークを果たすには、役者としての道しかなかったと言える。

記事:大泉洋の正体を暴く!ナイナイ岡村との関係①
記事:大泉洋の正体を暴く!ナイナイ岡村との関係②
記事:大泉洋の正体を暴く!ナイナイ岡村との関係③

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